今回は、板橋区のばんち坂について取り上げてみたいと思います。
場所は、最寄り駅でいえば東京メトロ・小竹向原駅から北へ徒歩15分ほどのところにあり、板橋区立・茂呂山公園に隣接してある坂道です。

写真1
坂下から坂上方向を見てみたものです。 (写真1)
左側には板橋区立・茂呂山公園が隣接していて、気持ちのいい雰囲気の坂道でしたね。

写真2
坂の中腹あたりから坂下方向を見てみたものです。 (写真2)
一直線ですね。
また右側の茂呂山公園は地元の桜の名所として知られていて、坂道に面した部分にも桜の木が植えられているようで、春になるとちょっとした桜並木の坂道のようにも見えるみたいですね。
ちなみにここには、坂名の由来が書かれてあるような坂の牌はなかったのですが、(このブログもリンクしてくれている)「東京23区の坂道」さんのサイトで、この坂道の名前の由来についてふれていて、それによるといたばしまち博友の会発行の『郷土 板橋の坂道』にてこの坂道について記載があるとのことで、そのまま抜粋するとですね、
『坂の左一帯の山は茂呂公園といい、昔は「ばんち山」といわれた。山の持ち主であった山上氏の先祖は、江戸城の警護衆が住んでいた番町(千代田区西部一帯、一番町から六番町まである。)から来たという。このことからこの山を「ばんち山」と呼んだと思われる。』
とありました。
まさかの千代田区の番町が坂名の由来に関わっているとは驚きですけど、よく考えてみれば全国にはホニャララ銀座などといった地名もよくあるので、そのたぐいなのかもしれないですね。

写真3
坂上からの眺めです。 (写真3)
直線が気持ちいいですね。
なお今昔マップで古地図を確かめてみるとですね、明治42年の地図でもこの道は今と同じの直線のままだったので、どうやら昔からの形みたいですね。
あと、写真3左側には「都立・城北中央公園 柿の木広場」が隣接してるんですけど、こちらはここから北にある城北中央公園の飛び地みたいでしたね。
そういう意味では、都立公園と区立公園の両方に隣接している坂道で、なかなかめずらしい立地具合の坂道とも言えそうですね。
ということで、けっこう前の写真での紹介となりましたが、今回はこんな感じです。
地図
板橋区小茂根
関連リンク:
→ 園内マップ|城北中央公園|公園へ行こう!
場所は、最寄り駅でいえば東京メトロ・小竹向原駅から北へ徒歩15分ほどのところにあり、板橋区立・茂呂山公園に隣接してある坂道です。

写真1
坂下から坂上方向を見てみたものです。 (写真1)
左側には板橋区立・茂呂山公園が隣接していて、気持ちのいい雰囲気の坂道でしたね。

写真2
坂の中腹あたりから坂下方向を見てみたものです。 (写真2)
一直線ですね。
また右側の茂呂山公園は地元の桜の名所として知られていて、坂道に面した部分にも桜の木が植えられているようで、春になるとちょっとした桜並木の坂道のようにも見えるみたいですね。
ちなみにここには、坂名の由来が書かれてあるような坂の牌はなかったのですが、(このブログもリンクしてくれている)「東京23区の坂道」さんのサイトで、この坂道の名前の由来についてふれていて、それによるといたばしまち博友の会発行の『郷土 板橋の坂道』にてこの坂道について記載があるとのことで、そのまま抜粋するとですね、
『坂の左一帯の山は茂呂公園といい、昔は「ばんち山」といわれた。山の持ち主であった山上氏の先祖は、江戸城の警護衆が住んでいた番町(千代田区西部一帯、一番町から六番町まである。)から来たという。このことからこの山を「ばんち山」と呼んだと思われる。』
とありました。
まさかの千代田区の番町が坂名の由来に関わっているとは驚きですけど、よく考えてみれば全国にはホニャララ銀座などといった地名もよくあるので、そのたぐいなのかもしれないですね。

写真3
坂上からの眺めです。 (写真3)
直線が気持ちいいですね。
なお今昔マップで古地図を確かめてみるとですね、明治42年の地図でもこの道は今と同じの直線のままだったので、どうやら昔からの形みたいですね。
あと、写真3左側には「都立・城北中央公園 柿の木広場」が隣接してるんですけど、こちらはここから北にある城北中央公園の飛び地みたいでしたね。
そういう意味では、都立公園と区立公園の両方に隣接している坂道で、なかなかめずらしい立地具合の坂道とも言えそうですね。
ということで、けっこう前の写真での紹介となりましたが、今回はこんな感じです。
地図
板橋区小茂根
関連リンク:
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