ふどう坂と呼ぶそうです。
場所は、小田急・成城学園前駅から線路沿いに西へ徒歩7分ほどの場所にあります。
(なおこの坂道については、以前僕が書いたトラベルjpの記事「富士山も見える東京・成城の不動坂となかんだの坂巡り」ですでに取り上げているのですが、なんとこのブログでいつも公開時は書くことにしているお知らせ&坂道ナンバリング記事をまだ公開していないことにいまごろ気が付き、取材した時期はまだなんとか1年とすこししか経っていないため、それならばということで、いつもの坂道記事のように取り上げることにしましたので、あしからず。)
写真1
まずは坂下あたりの風景でも。(写真1)
かなりくねくねしていて、中腹あたりで左に大きくカーブしているため、ここからは坂上あたりは見えませんでした。
右側はかなり急な崖地になっていて視覚的にわかりやすいですけど、この坂道は国分寺崖線を上り下りするためにつくられた道路なので、けっこうな高低差でしたね。
ちなみに、現地にはいつものような坂の碑はありませんでしたが、おそらく坂名の由来になったであろう喜多見不動堂が写真1のすぐそばにありました。(なお喜多見不動堂については、また後日とりあげます。)
写真2
すこし坂道を上り、坂下方向を見てみました。(写真2)
左側の崖具合がすごいですが、どうやらここは切通しの道だったようで、このような雰囲気が残っているみたいですね。
写真3
さらに上り、坂下方向を見てみました。(写真3)
坂道自体は右にカーブしているので、ここからは坂下あたりの様子は見えませんでした。
それにしても左側の擁壁がすごく、このあたりにくると切通しの感じがさらにでていましたね。
写真4
写真3とだいたい同じ位置より坂上方向を見てみました。(写真4)
このあたりは坂下あたりと比べてもかなりの傾斜具合なのですが、写真4だとその感じがわかりやすいかもですね。
写真5
坂上あたりからの眺めですね。(写真5)
やはり切通しの坂道なこともあり、眺望的にはあまり開けた感じではないですけど、下る先の景色が見えないのは違った意味で楽しいですね。
ただここは、西側の喜多見から成城に行き来する車がけっこうな量走りぬける抜け道的な道路でもあるので、そっちのほうではすこし危険な道ともいえるのかもしれないですけど。
ちなみに写真5の背後が有名な、あの成城の高級住宅街の街並みが広がっています。
写真6
ここからはタイトルにもあるとおり、この不動坂からはあまり知られていないのですが、富士山も坂道の途中から見えたので、(写真はさらに数ヶ月古いものになりますけど)坂上あたりからの富士山の眺めなど。(写真6)
場所的には写真5のすぐそばあたりですかね。
この坂道は国分寺崖線上にある坂道なので、近くにあるこのブログでも取り上げた同じく崖上にある不動橋(「富士山も見える成城の富士見橋と不動橋」)から富士山が見えるということは、どこかのポイントで見えるのではないかと調べてみたらやはり見えたというわけなのですよ。
写真7
あと中腹あたりからも富士山が見えました。(写真7)
場所でいうと、写真2あたりですかね。
写真8
写真7だとわかりにくいでの、望遠レンズで撮ってみたものがこちらです。(写真8)
なんとか富士山見えてますよね。
おそらくこの感じだと、大昔は(といってもそのころにここに坂道があったかどうかは定かではないのですが、すくなくとも今昔マップにある120年前の地図には記載がありました)坂道を歩きながら富士山がいつも見えたのかもしれないですね。
ということで、今回はこんな感じです。
地図
東京都世田谷区成城4
関連リンク:
→ 富士山も見える東京・成城の不動坂となかんだの坂巡り| トラベルjp
→ 富士山も見える成城の富士見橋と不動橋 / 東京坂道さんぽ
場所は、小田急・成城学園前駅から線路沿いに西へ徒歩7分ほどの場所にあります。
(なおこの坂道については、以前僕が書いたトラベルjpの記事「富士山も見える東京・成城の不動坂となかんだの坂巡り」ですでに取り上げているのですが、なんとこのブログでいつも公開時は書くことにしているお知らせ&坂道ナンバリング記事をまだ公開していないことにいまごろ気が付き、取材した時期はまだなんとか1年とすこししか経っていないため、それならばということで、いつもの坂道記事のように取り上げることにしましたので、あしからず。)
写真1
まずは坂下あたりの風景でも。(写真1)
かなりくねくねしていて、中腹あたりで左に大きくカーブしているため、ここからは坂上あたりは見えませんでした。
右側はかなり急な崖地になっていて視覚的にわかりやすいですけど、この坂道は国分寺崖線を上り下りするためにつくられた道路なので、けっこうな高低差でしたね。
ちなみに、現地にはいつものような坂の碑はありませんでしたが、おそらく坂名の由来になったであろう喜多見不動堂が写真1のすぐそばにありました。(なお喜多見不動堂については、また後日とりあげます。)
写真2
すこし坂道を上り、坂下方向を見てみました。(写真2)
左側の崖具合がすごいですが、どうやらここは切通しの道だったようで、このような雰囲気が残っているみたいですね。
写真3
さらに上り、坂下方向を見てみました。(写真3)
坂道自体は右にカーブしているので、ここからは坂下あたりの様子は見えませんでした。
それにしても左側の擁壁がすごく、このあたりにくると切通しの感じがさらにでていましたね。
写真4
写真3とだいたい同じ位置より坂上方向を見てみました。(写真4)
このあたりは坂下あたりと比べてもかなりの傾斜具合なのですが、写真4だとその感じがわかりやすいかもですね。
写真5
坂上あたりからの眺めですね。(写真5)
やはり切通しの坂道なこともあり、眺望的にはあまり開けた感じではないですけど、下る先の景色が見えないのは違った意味で楽しいですね。
ただここは、西側の喜多見から成城に行き来する車がけっこうな量走りぬける抜け道的な道路でもあるので、そっちのほうではすこし危険な道ともいえるのかもしれないですけど。
ちなみに写真5の背後が有名な、あの成城の高級住宅街の街並みが広がっています。
写真6
ここからはタイトルにもあるとおり、この不動坂からはあまり知られていないのですが、富士山も坂道の途中から見えたので、(写真はさらに数ヶ月古いものになりますけど)坂上あたりからの富士山の眺めなど。(写真6)
場所的には写真5のすぐそばあたりですかね。
この坂道は国分寺崖線上にある坂道なので、近くにあるこのブログでも取り上げた同じく崖上にある不動橋(「富士山も見える成城の富士見橋と不動橋」)から富士山が見えるということは、どこかのポイントで見えるのではないかと調べてみたらやはり見えたというわけなのですよ。
写真7
あと中腹あたりからも富士山が見えました。(写真7)
場所でいうと、写真2あたりですかね。
写真8
写真7だとわかりにくいでの、望遠レンズで撮ってみたものがこちらです。(写真8)
なんとか富士山見えてますよね。
おそらくこの感じだと、大昔は(といってもそのころにここに坂道があったかどうかは定かではないのですが、すくなくとも今昔マップにある120年前の地図には記載がありました)坂道を歩きながら富士山がいつも見えたのかもしれないですね。
ということで、今回はこんな感じです。
地図
東京都世田谷区成城4
関連リンク:
→ 富士山も見える東京・成城の不動坂となかんだの坂巡り| トラベルjp
→ 富士山も見える成城の富士見橋と不動橋 / 東京坂道さんぽ