前回の望雲坂(NO.260)の記事からだいぶ時間が経ってしまいましたが、再び残りの草津の坂道に話を取り上げてみたいと思います。
そしどう坂と呼ばれているそうで、場所は、前の望雲坂(NO.260)から東へ路地沿いに歩いて行き、途中、これも前に「とある街の風景237(草津温泉湯畑の高低差めぐり)」でとりあげた湯畑をとおり、さらに旅館に囲まれた路地を東へすこし歩くと、今回の坂道の坂下あたりにやってきます。

写真1
とりあえず、湯畑から近い場所にあり、坂道までの路地沿いにある旅館のことをとりあげるのも悪くないのですが、やはりきりがなさそうですので、いきなりですが、坂下からの様子でも。(写真1)
最初からかなりの勾配具合でした。
ちなみに、このすぐ右横あたりに、いつものような坂の碑はありませんでしたが、「祖師堂坂」はあちらという案内標識がありました。(ただし、これ、現地では気がつかなかったので、ストリートビューで復習している時に実は見つけたのですが・・・。)

写真2
坂をすこし上り、道が狭くなりだしたところから、坂上方向を見てみました。(写真2)
さらに坂道は上へと続き、これまたかなりの勾配具合でした。
道幅もせまく、つくりも古い感じなので、けっこう昔からある道なのかもしれませんね。

写真3
写真2とだいたい同じ位置より、今度は坂下方向を見てみたものです。(写真3)
こうしてみると、坂下あたりとは、ここですでに3階分くらいの高低差になっているようでした。
坂の雰囲気としては、旅館が通り沿いに建ち並ぶ賑やかそうな路地が、坂下あたりを横切っており、そこからすこし人通りの少なめな場所の方につながる坂道という感じだったかもです。

写真4
さらに坂を上り、写真2の坂上のほうに見えていた踊り場っぽい場所あたりまできてみたところからの様子です。(写真4)
もう見てのとおりですが、坂道はさらに上っているようでしたよ。
そして、ここもなかなかの勾配具合でした。

写真5
こちらは、写真4でもちらりと見えていましたが、写真4の左のほうには日晃寺というお寺へつながる良い感じのつくりの階段が見えていました。(写真5)
この左奥に高村光太郎碑やら松尾芭蕉碑なんかもあって、この坂道をひととおり歩いた後にまわってみたりもしましたが、今回は記事にはしませんので、気になるかたは検索でもしてくださいな。

写真6
写真4とだいたい同じ位置より坂下方向を眺めてみたのがこちらです。(写真6)
勾配具合がすごいですが、それ以外はなんてことない坂道という感じですが、やはり坂道沿いにお寺があるなど、ここでも日本の坂道に共通する点はあるのだなあとしみじみ。
ちなみに、この坂道の名は、始めに伝えたとおり「祖師堂坂」と言うのですが、現地では坂名の由来が書かれたものはなかったので、最近、地方の坂道をまわるときにお世話になっている坂学会さんのHPを参考にするとですね、かつては冬の期間に住民が冬住みで少なくなることからその期間に温泉を守護するという意味合いがあったという祖師堂が坂上あたりにあることからこの名前がついたとのことみたいですね。(祖師堂については今回、現地では気がつきませんでしたが。。)

写真7
そこからさらに坂をのぼり。(写真7)
ここも急坂でした。

写真8
道は直線になりましたが、まだかなりの勾配具合の坂道は続いていました。(写真8)
なんかもう、雪がここに積もったらどうしてるんだろう?と思ってしまいましたよ。

写真9
そんなこんなで、写真8の奥の方まで上ってくると、やっと勾配具合がゆるやかになり、坂上らしき場所にやってきました。(写真9)
あと、せっかくなので、マピオン地図で、高低差具合がどれくらいなのか調べてみるとですね、坂下あたりは海抜1155m、坂上あたりは1165mとのことで、高低差は約10mとのこと。
でも、よく考えてみたら坂の中腹あたりで、高低差3階分くらいと見ていたので、この感じだとあれ?と思ってしまうわけですが、まあそのあたりは軽くスルーしておきますかね。。

写真10
ここからは、おまけです。(写真10)
写真5の場所から左のほうに行くと、奥に桐島屋旅館に入るための坂道が見えていたのですが、ここでたまたま旅館の方に声をかけられてですね。

写真11
「こっち、こっち」と言われ、中に入っていくとですね。(写真11)
なんとこんなものがあったのですよ。
旅館のかたが言うには、富士塚とのこと。
この時は車酔いしていて、頭もぼんやりしていたのですが、さすがにこれにはびっくりしてしまいましたよ。
(ちなみにこの写真は、旅館の方々が説明してくださっているときに、撮ったものなのですよ。)

写真12
いちおう、登山口からもパチリと一枚。(写真12)
ちなみに、肝心の本物の富士山の方向は、どうやらこの写真12の背後にあたる側が富士山ということになるようなので、実は、この富士塚の目の前に見えている小さな坂道も富士見坂といえるのかもと思ってみたのですが、どうなのでしょうかね。
ということで、公開時期が長期わたってしまいましたが、草津の坂道散歩はこんな感じです。
地図
群馬県吾妻郡草津町大字草津
そしどう坂と呼ばれているそうで、場所は、前の望雲坂(NO.260)から東へ路地沿いに歩いて行き、途中、これも前に「とある街の風景237(草津温泉湯畑の高低差めぐり)」でとりあげた湯畑をとおり、さらに旅館に囲まれた路地を東へすこし歩くと、今回の坂道の坂下あたりにやってきます。

写真1
とりあえず、湯畑から近い場所にあり、坂道までの路地沿いにある旅館のことをとりあげるのも悪くないのですが、やはりきりがなさそうですので、いきなりですが、坂下からの様子でも。(写真1)
最初からかなりの勾配具合でした。
ちなみに、このすぐ右横あたりに、いつものような坂の碑はありませんでしたが、「祖師堂坂」はあちらという案内標識がありました。(ただし、これ、現地では気がつかなかったので、ストリートビューで復習している時に実は見つけたのですが・・・。)

写真2
坂をすこし上り、道が狭くなりだしたところから、坂上方向を見てみました。(写真2)
さらに坂道は上へと続き、これまたかなりの勾配具合でした。
道幅もせまく、つくりも古い感じなので、けっこう昔からある道なのかもしれませんね。

写真3
写真2とだいたい同じ位置より、今度は坂下方向を見てみたものです。(写真3)
こうしてみると、坂下あたりとは、ここですでに3階分くらいの高低差になっているようでした。
坂の雰囲気としては、旅館が通り沿いに建ち並ぶ賑やかそうな路地が、坂下あたりを横切っており、そこからすこし人通りの少なめな場所の方につながる坂道という感じだったかもです。

写真4
さらに坂を上り、写真2の坂上のほうに見えていた踊り場っぽい場所あたりまできてみたところからの様子です。(写真4)
もう見てのとおりですが、坂道はさらに上っているようでしたよ。
そして、ここもなかなかの勾配具合でした。

写真5
こちらは、写真4でもちらりと見えていましたが、写真4の左のほうには日晃寺というお寺へつながる良い感じのつくりの階段が見えていました。(写真5)
この左奥に高村光太郎碑やら松尾芭蕉碑なんかもあって、この坂道をひととおり歩いた後にまわってみたりもしましたが、今回は記事にはしませんので、気になるかたは検索でもしてくださいな。

写真6
写真4とだいたい同じ位置より坂下方向を眺めてみたのがこちらです。(写真6)
勾配具合がすごいですが、それ以外はなんてことない坂道という感じですが、やはり坂道沿いにお寺があるなど、ここでも日本の坂道に共通する点はあるのだなあとしみじみ。
ちなみに、この坂道の名は、始めに伝えたとおり「祖師堂坂」と言うのですが、現地では坂名の由来が書かれたものはなかったので、最近、地方の坂道をまわるときにお世話になっている坂学会さんのHPを参考にするとですね、かつては冬の期間に住民が冬住みで少なくなることからその期間に温泉を守護するという意味合いがあったという祖師堂が坂上あたりにあることからこの名前がついたとのことみたいですね。(祖師堂については今回、現地では気がつきませんでしたが。。)

写真7
そこからさらに坂をのぼり。(写真7)
ここも急坂でした。

写真8
道は直線になりましたが、まだかなりの勾配具合の坂道は続いていました。(写真8)
なんかもう、雪がここに積もったらどうしてるんだろう?と思ってしまいましたよ。

写真9
そんなこんなで、写真8の奥の方まで上ってくると、やっと勾配具合がゆるやかになり、坂上らしき場所にやってきました。(写真9)
あと、せっかくなので、マピオン地図で、高低差具合がどれくらいなのか調べてみるとですね、坂下あたりは海抜1155m、坂上あたりは1165mとのことで、高低差は約10mとのこと。
でも、よく考えてみたら坂の中腹あたりで、高低差3階分くらいと見ていたので、この感じだとあれ?と思ってしまうわけですが、まあそのあたりは軽くスルーしておきますかね。。

写真10
ここからは、おまけです。(写真10)
写真5の場所から左のほうに行くと、奥に桐島屋旅館に入るための坂道が見えていたのですが、ここでたまたま旅館の方に声をかけられてですね。

写真11
「こっち、こっち」と言われ、中に入っていくとですね。(写真11)
なんとこんなものがあったのですよ。
旅館のかたが言うには、富士塚とのこと。
この時は車酔いしていて、頭もぼんやりしていたのですが、さすがにこれにはびっくりしてしまいましたよ。
(ちなみにこの写真は、旅館の方々が説明してくださっているときに、撮ったものなのですよ。)

写真12
いちおう、登山口からもパチリと一枚。(写真12)
ちなみに、肝心の本物の富士山の方向は、どうやらこの写真12の背後にあたる側が富士山ということになるようなので、実は、この富士塚の目の前に見えている小さな坂道も富士見坂といえるのかもと思ってみたのですが、どうなのでしょうかね。
ということで、公開時期が長期わたってしまいましたが、草津の坂道散歩はこんな感じです。
地図
群馬県吾妻郡草津町大字草津