もう気がつけば18年ですか。
神戸の震災直後に生まれた子ならば高校卒業くらいの年齢・・・。
(なんか去年と同じこといってますけど。)

でも最近は東京でも3.11のあの地震以後もたびたび大きめの地震の揺れがあったせいか、18年前の当時の記憶をたびたび思いだしてしまうこともあり、そんなに月日がたったようには思えないんですけどね。

そんなわけで、今年も例年どおり正月に神戸に帰省したわけなんですけど、今回は去年の高速道路に引き続き、いくつかの候補の中からちょっと気になった場所に行ってみることにしました。


18年_1
写真1

今回訪れたのはHAT神戸というJRでいえば、三宮のお隣の駅の灘駅からアクセスできる場所にある神戸市の東部新都心として開発された地区があり、その地区内にあった「人と防災未来センター」なる施設です。
写真1はその施設の外観ですね。
見た目はかなりモダンなつくりのようでした。

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写真2

入口はこんな感じ。
おそらく昨年訪れて、このブログでもとりあげた「そなエリア東京」と一部似たような役割をになっている施設(ただし、ここはそなエリア東京ができる前からあったようですけどね)なのかなーと思いながら入ってみることにしました。

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写真3

そして、館内に入ると、受付の女性の人に「映画が始まりますので急いでください」と急かされつつ(ただし関西弁なまりの標準語なので雰囲気はおだやかでしたけど)、エレベーターを使い4階にある震災追体験フロアの阪神・淡路大震災の地震破壊のすさまじさを映像と大音響で体験できるというシアターに入ると、その映画がはじまったのですが、今あらためて当時の映像をいろいろみるとやはりひどかったです。
ビルは簡単に崩れ、高速道路もあっというまに、そしてそれに伴う火災。
まるでおもちゃのトランプタワーがくずれるように簡単に古い建物や建造物が壊れていくさまは、やはり3.11を体験した人ほど見ておくべきだと思いました。
そして僕がそこで思い出したのは、3.11の時に東京で体験したあの地震とは比べ物にならない直下型の揺れが1.17の時にあったのだなあということでした。
うまいたとえが思い浮かばないですけど、個人的には洗濯機の中に入れられたような強い縦揺れが当時ほんとにあったんです。

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写真4

映画がおわると、別のフロアにすぐ行ってくださいとの指示があります。(笑)
写真4は震災の記憶なるフロアでとりあえず室内を撮ってみたものです。
さすがに年月が過ぎているのでコンテンツというか震災関連の資料も満載でした。

18年_5
写真5

写真4でもちらりと見えていたのですが、こんな模型もありました。
おそらく当時の避難所での様子を再現したものだと思います。
さすがに18年前ということだけあって、避難者のプライバシー無視具合やら空間的な使い方とかほんと今の視点でみるとひどいかもですね。

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写真6

あと気になったのが、こちらの地図です。
震災モニュメントマップなんてのもあったんですね。
というかそういうモニュメントがけっこうまわりにあること自体知りませんでした。
なのでまた今度、機会があればまわってみれればなあと。

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写真7

そんなこんなで閉館時間まであいだがなかったこともあり急ぎ足で館内をまわったあとは、外にでてHAT神戸内を散歩してみることに。
写真7はだいぶ前にもきたことがある兵庫県立美術館です。
震災前は王子公園にあったそうですが、ここに移転する際に安藤忠雄さんの設計によって新しくなったみたいですね。
あと、ここ以外にもショッピングモールなんかも地区内にできていたりしてちょっとびっくりという感じでした。

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写真8

そして最後はハーバーウォークなる水辺公園をぶらりと歩きながら、三宮まで当時のことを思い出しながら歩いてみたのでした。

ということで、今回の「人と防災未来センター」への訪問、実は1.17の震災後初だったのですが、自分なりに貴重な体験をさせていただけたかなあと思いました。