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今回は、ひさしぶりに坂道の話などを書いてみます。

すこし前の記事(といってもだいぶ前になりましたが・・・)でも書いたのですが、かっては、坂道の坂上と坂下のように、各地域で、明快に分かれていた下町と山の手の伝統的な景観や文化、雰囲気が東京の変わり身の早いというか、高度成長なるものといろいろな経済効率化の波におされて急激に変化していったことは、だいたい予想がつくことと思われますね。

そのなかで坂下の産業文化が中心だった下町では、そのかってあった伝統的な景観が消えていったものが多いといわれおり、一方で坂上の宗教景観とよばれる、上野台の寛永寺と東照宮・本郷台の湯島天神と神田明神・麹町台の日枝神社・麻布台の増上寺と愛宕神社・高輪台の泉岳寺と東海禅寺など、神社仏閣などとともに時代をすごしてきた風景といえる江戸時代から今日まであまりかわらない坂上の伝統的な景観がある地域などは、いまなお存在しています。
かっての坂上の学園景観とよばれた、いまは山の手とよばれている場所に大学などの教育施設が多いのもあまりかわっていないようです。

そして、これらの坂上の伝統的景観に加えて、坂下の町屋付近から発展していった江戸の盛り場は今の東京の西へ山の手の台地上に上がって移動し「坂上の盛り場」がどんどん増殖していったことはけっこう有名なお話だったりします。


坂道と盛り場1

ちなみに、この「盛り場」という言葉、僕なんかははじめは夜の飲み屋街や新宿の歌舞伎町あたりの雰囲気のものを連想してしまったのですが(汗)、実際には、そんなこともなくデパートなどの大型店や商店街のあるショッピング街がならぶいまどきの栄えた街や繁華街のことも同じように言うらしいですよ。

そして、この現象はかっては街の商店街などでは避けられていたそれぞれの地域にある“坂道”の「盛り場」を多く発生させており、そのもっとも良く知られている例が、このブログでもとりあげた渋谷の“スペイン坂界隈”や青山の“表参道付近”、渋谷の“宮益坂”などがそうで、それぞれ休日ともなるとたくさんの若者や買い物客が集まり、かなりのにぎわいを見せていますよね。
 最近では、近代の街づくりなどではあまり積極的に開発されずに残されてきた坂や階段のある街が、若い人たちのあいだでは変化にとんだ個性ある場所として最近人気があがってきているといえます。 


坂道と盛り場2

そんなことで、そんな坂道の盛り場が、最近では、表参道ヒルズのように通路というかヒルズ内にまで及んできていたりして・・・。
たぶんひと昔にこんなことすればブーイングの嵐だったかもしれませんね。