今回は、文京区の堀坂を取り上げてみたいと思います。
場所は、東京ドームのすぐ北側にあり、最寄り駅で言えば、東京メトロ南北線・後楽園駅から北西に徒歩2分ほどのところにあります。

堀坂( NO.409)1+
写真1

坂下あたりの様子です。 (写真1)
かなり傾斜のきつい坂道でしたね。
道路の舗装も過去に施されたものがいくつか残っていますね。

なおこの坂道は江戸時代から、このような直線の道だったようで、江戸切絵図(古地図)にも「ホリ坂」という記載が地図に書かれてましたね。

堀坂( NO.409)2+
写真2

坂上あたりから坂下方向を見てみました。 (写真2)
昔は、この高低差なら眺めもよかったのかもしれないですね。
今はマンションやオフィスビルがあってその面影はないですけど。

あと歩いたときは左側のマンション、工事中(もしくは中断中?)でしたけど、そのあとどうなっているかは地図をみてもわからないので不明です。

ちなみにこのすぐそばに、坂名の由来が書かれた案内板があったので、そのまま抜粋するとですね、
『「堀坂は中富坂町の西より東の方、即ち餌差町に下る坂をいふ。もと其の北側に堀内蔵助(2300石)の邸ありしに因れり。今坂の中途に"ほりさか"と仮字にてしるしたる石標あり。此坂は従来宮内坂又は源三坂と唱へたるものにて。堀坂といへるは其後の称なりといふ」(『新撰東京名所図会』) この場所の北側に旗本堀家の分家利直(後に利尚、通称宮内)の屋敷があったことから、この坂は別名「宮内坂」と名づけられた。また、当地の名主鎌田源三の名から「源三坂」ともいわれた。「堀坂」という名称は、文政(1818〜30)の頃、堀家が坂の修理をして「ほりさか」と刻んだ石標を建てたことからいわれるようになった。 坂下に“こんにゃくえんま”の伝説で名高い「源覚寺」がある。 』
とありました。

別名で「宮内坂」や「源三坂」とも言うんですね。
でもどれも名前由来みたいですね。
あと、「坂下に“こんにゃくえんま”の伝説で名高い「源覚寺」がある。 」とあるとおり、坂下の北側すぐの場所に源覚寺がいまもあります。(ただし入口はすこし離れた東隣りの道路側にあります)


動画 (こんにゃく閻魔の由来)

“こんにゃくえんま”の伝説については、これまた話が長く、どうしたものかと思っていたら、源覚寺の公式HPにて、こんにゃく閻魔の由来について語ってくれているyoutube動画が公開されていたので、ブログらしく(?)リンクしておきますよ。
わかりやすいですね。

あと同じく源覚寺の公式HPで知ったんですけど、 “こんにゃくえんま”の伝説については夏目漱石の「こころ」、樋口一葉の「にごりえ」にも登場するみたいですね。
加えて公式HPには、夏目漱石の「こころ」には、『「十一月の寒い雨の降る日の事でした。私は外套を濡らして例の通り蒟蒻(こんにゃく)閻魔を抜けて細い坂道を上って宅へ帰りました。〜』という一文がでてくるとも書かれてありました。
なお、”この細い坂道”とある坂道が堀坂のことなのかは、またそのうち読み直して確認してみますけど、江戸切絵図(古地図)をみると源覚寺から一番近い坂道は、今も昔も堀坂( NO.409)しかないので、その可能性は高いかもですね。

ということで、けっこう前の写真での紹介となりましたが、今回はこんな感じです。

地図
文京区小石川

関連リンク:
→ 源覚寺のご紹介