湯坂(NO.310)その3」の続きで、今回は湯坂の坂下から高半旅館にのぼる無名坂を取り上げてみたいと思います。
もちろん訪れた時期は、前の記事と同じく2月初旬のことですね。


高半旅館へとのぼる坂道1
写真1

まずは、坂下あたりの様子など。(写真1)
湯坂の坂下でもあるので、同じ写真ですが、今回の無名坂はここから右側にのぼっていました。


高半旅館へとのぼる坂道2
写真2

ちなみに、今回の無名坂の坂上には、こんな具合に「「雪国」文学の散歩道 高半旅館」という案内看板が設置されていました。(写真2)
せっかくなので、案内板の内容をそのまま抜粋しておくとですね、
『川端康成「雪国」執筆の宿「高半旅館」。現在は雪国の宿高半と改名されているが、川端康成が投宿した「霞の間」は当時のまあ館内に保存されている』
とありました。

そういうわけなのですよ。
今回の無名坂は、湯坂のように小説とは直接関係ないようですが、坂上には高半旅館が現在もあることから、取り上げてみたというわけですね。(詳しい場所については、最後に地図もリンクしていますので、参考にしてみてください)


高半旅館へとのぼる坂道3
写真3

では坂道のほうにもどって、このあたりからわかりやすい坂道風景が広がっていました。(写真3)
左上の建物は中屋という宿の建物で、現在の高半旅館はその奥にあります。
なお、現在の高半旅館は建て替えられていて、川端康成氏が泊まっていた当時そのままの建物ではないようですので、あしからず。


高半旅館へとのぼる坂道4
写真4

さらに坂をのぼり、坂下方向をみたものです。(写真4)
坂下のほうに湯坂へとつながっているうねうねスロープもみえていますね。


高半旅館へとのぼる坂道5
写真5

写真4とだいたい同じ場所から、眼下のまちなみが見渡せるポイントがありました。(写真5)
湯坂の時よりも眼下のまちなみの雰囲気がよくわかるかもですね。
とにかく、このときは例年にくらべてもかなり雪が少なく、坂道を歩きながらも地球温暖化というたいそうな言葉がたびたび頭に浮かんでくる散歩にもなりましたかね。


高半旅館へとのぼる坂道6
写真6

こちらは、坂上あたりまできて坂下方向を眺めたものです。(写真6)
坂下とはかなり高低差がありました。
そのおかげで遠くには雪が積もった山の斜面もよくみえていました。
そしてこのすぐそばに高半旅館があるというわけですね。


高半旅館へとのぼる坂道7
写真7

最後はおまけがてらですが、この日は高半旅館内にあった「かすみの間」なる文学資料室も見学してきました。(写真7)
ここは、建て替えられる前の、川端康成氏が逗留して「雪国」を執筆したという「かすみの間」を復元した資料室で、500円を払えばだれでも見学できるんですよ。
今回はこれ以上中の写真は載せませんけど、関連資料もたくさんあって、かすみの間の当時のインテリアも楽しめるので、個人的には見ておいてよかったなと思いました。

「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」
この有名な書き出しもこの部屋で生まれたんですよね。
いやはや。


ということで、今回はこんな感じです。
(なお、今回もあくまで観察記というか旅行記気分で公開していますので、もし記事読んで現地に行きたくなっても、ここは来年以降も存在していますので、しばらく控えてくださいね。)


地図
新潟県南魚沼郡湯沢町