再びの目黒区にて、今回は3ヶ月ほど前に歩いた時に記録しておいたもので、界隈の坂道を数件ほどまわってみた時のことでも。


場所は、東横線の都立大学から西へ目黒通り沿いにすこし歩くと、今回の坂道の坂上あたりにやってきます。


しどめ坂(NO.273)
写真1

まずは坂上からの景色でも。(写真1)
見てのとおりなのですが、ここからも坂下の様子が見えているとおり、直線の坂道です。
ただ、まわりが閑静な住宅街ということもあり、背の高いビルなどがないためか高低差具合がわかりやすく、空もひらけていました。


しどめ坂(NO.273)2
写真2

写真1の背後を見てみると、目黒通りが見えていました。(写真2)


しどめ坂(NO.273)3
写真3

すこし、坂を下り、同じく坂上方向をみてみたものです。(写真3)
もうこのあたりから、写真でもわかるくらいの勾配具合になっていましたかね。


しどめ坂(NO.273)4
写真4

さらに坂を下り、今度は坂下方向を見てみました。(写真4)
このアングルからの景色、なかなかいい感じでしたよ。
左側は宮前小学校の敷地ということで、建物もないためこんな景色が見られるというわけですね。
ちなみに、写真でもちらりと見えているのですが、ここにもいつものような坂の碑がありましたので、いつものように抜粋するとですね、
『「しどめ」とはバラ科の草ぼけ(しどみ)のことで、赤い花の咲くとげのある木である。昔はこのしどめが、呑川の岸辺に群生していたので坂名になったといわれる。』
とのこと。

なるほど。
碑の説明にある「呑川」というのは、今回のしどめ坂の坂下を流れている川で、今は暗渠になっているようですね。
なお、クサボケ(草ぼけ)については、リンク先のサイトが詳しいので、そちらのほうを参考にしていただきたいのですが、ひとつ気になったのは、文化的背景として『平安時代の「倭名類聚抄」や、江戸時代の「本草綱目啓蒙」などの本草書に「木瓜」の名が現れています。万葉集に2首で詠われている「馬酔木」は、通常「アセビ」とされますが、「ボケ」であるとする説もあります。 』とあるとおり、草ぼけはかなり古くから日本にあったようですね。

また、目黒区の公式HPにも、しどめ坂のことが取り上げられており、呑川のことをふれているので、そちらも抜粋しておくとですね、
『戦前、この辺りは雑木林で、畑も多かった。畑では小麦やさつまいもが作られていた。しどめ坂はもっと急勾配で、坂道を下ると、今の八雲保育園のすぐ向こうに曲がりくねった呑川が流れ、周りには田んぼが広がっていた。耕地整理、暗きょ化で呑川も姿を消し、周りもすっかり住宅地になってしまった。』
とのこと。

なんとなく、このあたりの昔の雰囲気がわかって、ありがたいです。


しどめ坂(NO.273)5
写真5

すこし坂を下り、坂上方向を撮ってみたものです。(写真5)
おそらく、この坂道はさっきの写真4あたりの場所も含めて、このあたりが坂道風景的にはいい感じかもですね。
高低差具合もけっこうありますしね。

しどめ坂(NO.273)6
写真6

そんなわけで、一気に坂下あたりまでやってきました。(写真6)
こうしてみると、坂上あたりからの高低差もけっこうためか、坂上のほうから坂下のほうは見えたのですが、ここからは坂上あたりの様子は見えませんでした。

あ、そうそう。
この「しどめ坂」ですが、今日のネットやテレビなどでもかなり話題になったSMAPの解散ニュースを聞いて、突然思い出しのですよ。
SMAPさんのメンバーである草なぎさんが、2010年に目黒の坂道を番組内で走ったことをですね。
そして、復習してみたら、やっぱりこの坂も走っていたようですね。
なので、これまでにも草なぎさんが走った坂道で、すでに記事にしてしまっているところも多々あるようですので、このことに言及するのは今回限りにしますが(もしくは別記事に書くなど)、とにかく、そういう視点(坂道芸能史てきに??)で見ても、なかなかおもしろいことになりそうだなあということがわかった今回の散歩でした。


ということで、今回はこんな感じです。

地図
目黒区八雲3-12あたり