所在地:大田区南馬込3-28あたり


うこん坂と呼ぶそうです。
場所は臼田坂(NO.231)の坂上から西へと向かう道があるのですが、そこをすこし歩くと、今回の右近坂の坂上あたりにやってきます。


右近坂(NO.232)1
写真1

まずこちらが坂上あたりの様子です。
住宅街の狭い抜け道といった感じで、道幅も見てのとおり車一台通れればいいかもといった坂道でした。
あとは、交通看板に12%とあるように、勾配具合は見た目よりはすこし緩やかなかなあと思いましたけど、道路の舗装が例のドーナツリング型の滑り留めになっていることからも、雨の日や雪が降った時なんかは注意を要する坂になるのかもしれないですね。


右近坂(NO.232)2
写真2

坂をすこし下り、いちおう坂上のほうも見てみました。
左側は団地の敷地ということもあって、けっこう立派な樹々が植えてあり道までせり出していました。


右近坂(NO.232)3
写真3

さらに坂を下り、今度は坂下のほうを見てみました。
坂道自体は、なんとなく古びた佇まいというかなんというかちょっとなにかがづれているような不思議な雰囲気の坂道風景だったかもです。


右近坂(NO.232)4
写真4

で、写真3よりもうすこし坂を下ったあたりから、坂上のほうをみてみると、なかなか気になる風景がひろがっていました。
個人的には、この坂でスケッチするならこの場所かなと。
まあそんな思いを持ちながらカメラのシャッターをきってみました。


右近坂(NO.232)5
写真5

最後は坂下あたりの様子など。
坂道自体はもう平坦になりこれといったものはなかったです。
ただ、正面に見えている坂の碑のすぐ後ろに橋の手摺のようなものが見えていますが、こちら、この下は川ではないみたいでしたよ。
なので変わった形をしたガードレールなのかもしれないですが、真相は定かではないです。

そして、やっとここにも坂の碑があることがわかったということで、とりあえず坂の由来を抜粋しておくとですね、
『この坂名の由来については、近くに「右近」という者、あるいは「おこん」という女性が住んでいたからとか、いろいろな伝説があり、明らかでない。』
とありました。
そうですか。
諸説いろいろあるんですね。
でも”右近”とはちょっと風変わりな不思議なネーミングですよね。
ちなみにこの坂は右曲がりで下ってますが、上るときには左曲がりになるので関係ないかもです。。

また大田区のHPにも説明があり、実はこちらのほうがすこし詳しいので抜粋しておきますね。
『臼田坂を上がりきった南馬込三丁目31番を東に曲ったところにある坂は右近坂と呼ばれています。この坂は江戸末期にできたものといわれています。この坂名の由来については、いろいろな説があります。臼田坂の右近くから谷中におりる坂道であるから右近坂と呼ばれるようになったとか、近くに「右近」という者、あるいは「おこん」という女性が住んでいたという話、うこん色の着物を着た娘がよくこの坂を通ったことによるなどさまざま。今でこそ住宅街の中の坂道となっていますが、大正期から昭和初年頃は辺鄙な人通りのない寂しい所でした。また、坂道の両側は椎の木などの林で、雨の日はどろんこの道になったそうです。』

ということで、この坂、けっこう古くからあったんですね。
どうりで坂の途中のなんともいえない古めかしさというか、そんな感じの新旧入り交じったような場所があったと思うんですが、それもこれも、この坂道自体の歴史の古さに関係していたのかもしれないですね。


地図
大田区南馬込3-28あたり