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みかくし坂、あるいは、みかくれ坂とよぶそうです。
この坂も現在はない坂で、誉田坂(NO.145) と同じく現在の赤坂御所の敷地内にあったもので、江戸時代に紀州藩邸だったときに、その庭園にあった坂道ということです。



見隠坂(NO.146)_1

なので、とりあえず、今回は、赤坂御用地の北側にある若葉東公園から敷地内の迎賓館がなにげに見える場所があったので、そこからパチリと。



見隠坂(NO.146)_2

ただ、一枚目の写真にもちらりと見えていたと思いますが、写真のような看板があり、現在、赤坂迎賓館の建物は12月まで改修中とのことらしく、その外観を残念ながらみることはできませんでしたよ。



見隠坂(NO.146)_3

また、そのすぐ横には、なんとも立派な鉄柵もありました。(まあ、迎賓館の鉄柵だからあたりまえなんですけど・・・。)
なので、ここから御用地の中が見れたりするのですよ。



見隠坂(NO.146)_4

ということで、中をのぞいてみました。
やっぱり迎賓館には足場が組まれていてなにも見えませんね。。
でも、手前の芝生はいい感じでした。

ちなみに、はじめにでてきた紀州藩邸の庭園は「西園」とよばれていたそうで、「赤坂区史」に、
『この宅邸の規模構造は、殆ど幕府の大城に擬せられ、壮麗広大を極め、邸内には、見隠坂山屋敷坂等が八つもあり、門は十五を数え(中略)殊に庭園は、紀州家に於てこれを「西園」と称し、千宗左、千賀道円等が頼宣の命によって築造したもので、頗る林泉台樹の風趣に富み、江戸時代の名園の一に数へられてゐたのである。』
と書かれているそうです。
あと、文中に「邸内には、見隠坂山屋敷坂等が八つもあり、・・・」と書いてあるということは、坂が8つも敷地内にあるという意味なんですかね??
うーん。。

(ということで、これらのことのいくつかは、いつものとおり”江戸東京坂道事典 ”を参照させていただきました。)



地図
港区元赤坂2あたり