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所在地:港区赤坂1あたり


れいなん坂と呼ぶそうです。
場所は、鼓坂 (NO.115) の坂上からつらつらと坂道とは逆の方へ歩いていくと、霊南坂の坂上あたりにきます。


霊南坂 (NO.117) 1
坂上より

坂上から眺めたものですが、左側に立派な白い塀が見えていますがこのむこうにはアメリカ大使館があり、いまのご時世を象徴するように警備の警察官のかたが、このそばをいったりきたりしていました。(他のサイトの写真をみさせていただくと、以前はいまほどは厳重な感じではなさそうでしたよ。)
そんなこともあり坂道自体も第一印象ではかなり立派に見えてしまいましたが、あとで冷静にみたところでも勾配具合や道幅など周辺の雰囲気もあわせてなかなかの坂道だなあと。


霊南坂 (NO.117) 2
ホテルオークラ

また、一枚目の写真の右側には、ホテルオークラも隣接していましたよ。
ここは、ある意味オリンピック遺産みたいなホテルであり写真でみるかぎりはすこしふるぼったくも見えなくもないのですが、実際にホテルの前にたってみてみるとやはりなんともいえない空気をかもしだしており、知る人ぞ知る建築家の谷口吉郎氏の設計であり(まあこれは個人的な関心なのですが・・・)公式ホームページの館内の写真の雰囲気からも、やっぱり高級感満載のホテルのようでした。。
あと、ホテルの敷地内(なのかな?)には、今回写真は撮りませんでしたが、大倉集古館なんていうホテルオークラ創始者の父である大倉喜八郎氏が1917年に創立した日本初の私立美術館なんてのもあり、ここも知る人ぞ知る伊東忠太氏による設計の建物で、今回は中に入らなかったのですが、こんどまた行ってみたいなあと思った建物であり場所でした。


霊南坂 (NO.117) 3
坂の途中

そして、すこし坂道をくだり坂下のほうを眺めたものですが、なんとも左側の白い塀にくわえて、こんどは右側の緑の塀、そしてそれにおおいかぶさるようにして生い茂っている大きな木々のせいかどうかわかりませんが、この坂道にはなにかちがった物語が別にあるのではないかという錯覚をおこさせるような、目にみえないなにかがあるように感じさせてくれる雰囲気だったかもです。
しかも、あらためて写真でみると、まわりの建物や道、塀などに使われている色の数などが少ないことも手伝っているのかもしれませんが、なかなか落ち着いた雰囲気もいい感じでした。


霊南坂 (NO.117) 4
坂の途中

今度はだいたい同じ場所から坂上のほうを見たものです。
ここから見ると、まわりに高いビルなどもみえなくて、なんだか空が広くみえましたよ。。


霊南坂 (NO.117) 5
坂下より

そんな感じで、坂下にきてみると、坂の途中でふと感じたなにか別世界にきたような感覚みたいなものもなくなり、坂道を走っている車やまわりの高層ビルの景色が次々と気になりだし、へんないいかたですが、現実にひきもどされたという感じでした。

ちなみに、ここにはいつものような坂の碑はあったのですが、写真でもすこし見えているとおり、アメリカ大使館側に坂の碑があり、そのまわりの歩道はなぜか一般の人は歩けないように厳重に警備していたので、今回は残念ながらみれなかったのですが、いつもお世話になっている”東京23区の坂道”さんのサイトに管理人さんが以前に調べた坂の碑の記述内容があったのでそれを参考にさせていただくと『江戸時代のはじめ高輪の東禅寺が嶺南庵としてここにあり、開山嶺南和尚の名をとったが、いつか嶺が霊となった。』と書いてあったそうです。
まあ、簡単にいうとというか手元にある資料(江戸東京坂道事典です・・)を参考にすこしわかりやすくいうと、江戸時代のはじめの徳川家康・秀忠・家光の将軍に尊敬されていた僧の霊南がこのあたりの赤坂溜池の南台に寺を創建して住み、これを霊南庵(いまは高輪に移り東禅寺というそうです)といったことから霊南坂と呼ぶようになったみたいですよ。



地図
港区赤坂1あたり