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所在地:港区南青山6あたり


きた坂とそのまま呼ぶそうです。
場所は、笄坂 (NO.86) の途中に外苑西通りと並行して走っている道を北へとつらつらとかなり長い距離を歩いていくとあり、坂に隣接して根津美術館がある坂道です。


北坂 (NO.87) 1
坂下より

この風景を見て、あ!ここねと思われたかたもいるかもしれませんが、左側の立派な塀の向こうに根津美術館があります。
なかなかいい感じの坂道ですね。
ただ、この坂道は、笄坂 (NO.86) につながっている坂道とはいえ、住所も南青山なので、一瞬なんで?と思うかもしれませんが、その理由は、またのちほど。。
でも、この僕が立っている位置は、西麻布2あたりだったりしますけど。


北坂 (NO.87) 2
坂の途中より

すこし坂をのぼって、坂下を眺めてみると・・・。
こうみると、六本木もちかいんだなあという感じでした。
しかし、こうしてここからみると坂下でみえていた坂道とは違いなんだかゆるやかな坂道に見えてしまっていますね。


北坂 (NO.87) 3
坂上より

そして、坂上まできてみると、もうそこは表参道へと一直線につながる道で、あきらかに青山界隈となっていました。(笑)
なので、右側が根津美術館ということになります。
ちなみに、ここにはいつものような坂の碑はなかったのですが、江戸東京坂道事典におもしろい逸話が書いてありましたよ。
『北坂はもと青山南町五丁目の通称長者丸というあたりから墓地わきをぬけて笄町へ至る坂道であった。この長者丸は、住古、渋谷長者が住んでいたといわれ芝白金長者と並び称されていたという。ここに一つの伝説があって、白金長者の息子と渋谷長者の娘とが恋を語らい、笄橋のたもとを出会い場所にしていたが、あるとき渋谷長者の姫は駕籠にものらず、ひとりで笄橋まで坂を下りて行ったので、その坂を姫下坂とよぶようになったという。もちろん伝説の中の坂であるから、どの坂道であったかは知れないが、長者丸と笄橋とをむすぶと、北坂の道がほぼ姫下坂の伝説の道順と似ている。』
とあり、かなりそのままのせてしまいましたが(汗)、姫下坂(ひめおりざか)の伝説とともに、牛坂 (NO.85) や笄坂 (NO.86)の歴史話と重ねあわせてみるとなんとなく想像できそうなところがなんともいえませんでした。

ということで、この話がしたいがために、北坂がここにきたというわけなんですよ。。




地図
港区南青山6あたり