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所在地:港区元麻布3


ちょっと間があいてしまいましたね・・。(汗)

みやむら坂とそのまま呼ぶそうです。
場所は、前回の狐坂 (NO.74) の坂下ちかくで、実は狐坂の坂下写真から右側を見ると、今回の坂下がすぐみえる場所にあります。


宮村坂 (NO.75) 01
坂下より

写真を見て、え〜!、と思ったかたもいるかもしれませんが、この道だけがやけに計画された感じで周辺の道路とはかなりかけ離れており、どうも私道っぽい雰囲気でした・・。(近くに中国大使館の警備をされていた警察の方がいたので、ついでにこの道のことを聞いてみても、そんな感じの答えでしたよ。)
でも、坂道自体は、勾配はほとんど感じないくらいでしたが、かなりインパクトのある道というか両サイドの建物との一体感もなかなかのものでした。

あと、この坂はいろんなサイトをみさせてもらってもいくつかの説があるようなのですが、江戸東京坂道事典には”元麻布3丁目5番と6番の間を西北に上る坂で、もと宮村町の坂道なので、宮村坂とよぶ。”とあるようで、住所でみるとやっぱりこの道だったので、今回はこちらを参考にさせてもらいました。

ということで、もとからあった坂道のうえからこのような住宅開発がおこなわれたようですが、坂道の両サイドにあった主に3階建ての団地風というかマンション群自体は、なかなかすっきりとしたデザインというかこの場所にあった感じのなかなかな高級感を持ったものでしたよ。


宮村坂 (NO.75) 02
坂上より

坂上あたりから見たものですが、写真のようにいきなり道の途中で、舗装のつくりがいきなり変わっていました。
しかも、舗装が変わったとたんに、両サイドに電柱があるのもなんかおもしろいかもです。

ただ、ここにはいつものような坂の碑はなく、そんなことから、今回の再開発の様子とあわせて考えてみると、かっての宮村坂の坂下が狐坂 (NO.74) までのびていたかは、実は不明で江戸東京坂道事典の本文をみてもわからず、もしかしたらあとで坂下が狐坂 (NO.74)とつながった可能性もまったくないわけではないかもしれないのですが、今回はこんな感じにしてみました。

でも、やっぱり昔からこの道はあったと思いたいのですけどね。。



地図
港区元麻布3